「『卸売市場法』に則り、衛生的な生鮮食料品の公正な取引を行う公的市場として山梨県で唯一設置されている甲府市地方卸売市場。甲府中央魚市株式会社は、1973年の市場開設に伴い農林水産大臣の指定を受けて設立された水産物卸売会社です。
設立から50年、苦境を乗り越えてきた数々の経営秘話や次代に向けての新たな挑戦などを、代表取締役社長である羽中田勝由さんにお聞きしました。
山あり谷ありの50年間。思い切った経営改革で苦境を乗り切る。
甲府市地方卸売市場の水産部門の卸売業者として、「明朗・公正・親切」を社訓に掲げ、安心・安全で公平・公正な流通に努めてきた甲府中央魚市株式会社。その50年の歩みのなかでは赤字が続くなど大変な時期もあったそうで、会社の立て直しのために白羽の矢が立ったのが、当時、日本屈指のトップセールスマンとして山梨の水産会社で活躍していた羽中田勝由さんでした。
「東京の大学を卒業し、帰郷してこの業界に入りました。若い頃は、自分が扱っている商品で甲府市場のナンバーワンになりたいとがむしゃらに頑張ったものです。時間を惜しんで勉強もしたし、量販店のバイヤーさんにしごかれもした。おかげで、3アイテムほどナンバーワンになり、1アイテムについては全国でも名を知られるまでになりました。
こうしたキャリアが認められたのか、経営陣に誘っていただき、10年前、54歳のときに転職しました。当時の弊社は火の車で、かっこよく言えば、営業本部長として立て直してくれないかとスカウトされたわけです」。
「経営者になるつもりなど一切なく、間違ってなってしまったのが実情なんですよ」と笑う羽中田さん。2015年に代表取締役社長に就任し、飯島忠会長とのダブル代表体制で経営改革を行ってきました。
この間一貫してきた運営方針は2つあるそうです。
「ひとつは、できる限りの情報を常にオープンにしていくこと。というのも、我々の業界では、在庫や売上に関して個人裁量の範囲が広く、一人ひとりの社員が個人商店のような側面があるんですね。とはいえ、同じ会社の社員同士なのに、他の社員がどこにいくらで何を売っているのか、在庫がどのくらいあるのかといったことがわからないのでは、いろいろな意味で無駄が出ますし、会社としての発展の足かせにもなります。
そこで、社内のITシステムを構築し、各自にノートパソコンを持たせて、収益や在庫、粗利を含めできる限りの情報を閲覧できるようにしました。初期投資はそれなりにかかりましたが、常に他人の目に曝されているという緊張感の中で仕事をすることになり社員の意識が変わりましたし、幹部も情報を根拠にピンポイントで指摘や指導ができますから、非常に見通しも風通しも良くなりました。さらに、動きが早い水産業界にあって、リアルタイムで情報を入手して対応することは不可欠です。弊社の社員もそれが容易にできるようになり、最近はセリ場でパソコンを駆使する社員の姿も珍しくありません。とても良い傾向だと思っています。
2つ目は、社員が頑張ってくれたことに対して、目に見える形で報いることです。経営が厳しくボーナスを出せないなか、社員とも話し合いをして、毎月の売り上げや粗利を決め、達成したら報奨金を出すことを決めました。そうしたら、頑張っている社員は毎月報奨金が出るようになって、しばらくすると、社員の中から、『会社のことを考えるとこれではもらいすぎだ』といった声が聞こえるようになったんですね。社員間で話し合い、『社長、四半期に一度にしませんか。その代わり、ひと月分よりは少し多めにください』と提案をもらったので、現在は3か月ごとに報奨金を出しています」。
常識を覆すことで、新たなビジネスチャンスを生む
一人ひとりが担当する分野のエキスパートであり、在庫や売買価格、利益などに関しても個人の裁量に任される部分が大きい水産業界。古くから続くこのしくみの中で育った羽中田さんですが、会社を立て直す際には、その常識を覆すような試みも実行しました。
「弊社には営業部が三部あり、第一営業部が鮮魚課と太物課。太物というのはいわゆるマグロですね。第二営業部は凍魚中心で、冷凍のギンダラとか、シャケ、エビなどの系統。そして第三営業部が、ちくわなどの練り製品、干物、珍味類、を担当しています。この組織には、各々が各分野のエキスパートとして育つ反面、どうしても部門内だけでの考えになってしまうというデメリットもあるんですね。そこで、3つの営業部から担当を出して量販店、仲卸、業務筋という3つチームを作り、部門を横断して情報を共有して戦略的に進めていこうという取り組みを、5年前から始めました。
水産物という特性からこの業界では個人商店的な部分が根強く、例えばマグロに関してはエキスパートでもエビに関しては全然わからないとか、鮮魚を扱う仲卸担当のトップセールスマンが、量販店との商談はできないといったことが往々にして起きていました。しかし、これからの時代、それでは通らない。情報やノウハウを共有し、共通意識を持とうよと。これにより、例えばマグロの担当者が得意先で『何か良いエビない?』と聞かれた場合にも、『こんなものを扱っていますよ』『このエビがおすすめですよ』とその場で商談ができ、ビジネスチャンスが生まれます。結果として、会社としての売上UPにもつながっています」。
上と下の板挟みになりがちな課長が、横のつながりの中で自由に意見を言い合えるよう、課長会も作りました。
「会社をよくするにはどうしたらいいかを話し合い、僕に意見がある時だけ呼んでくれと伝えたところ、すでに何回か呼ばれてつるし上げられました(笑)。でもね、言ってくれてありがたい。やっぱり会社のことを思ってのことだからね。本当に会社を良くしようと思えば、言いにくいことも言わなくちゃいけないし、そういったことを腹の中に収めてやっていると、良いこともなかなか前に進みませんからね。
大切なのは、会社をどうやってよくしていくか。会社が良くなれば、それを社員に還元するのは我々トップの仕事だと約束して、まだ完璧ではないのですがいろんなことを実行しています」。
こうした数々の改革が功を奏し、社長就任3年目で黒字に転換。以来、コロナの影響を受ける前までの4年間、黒字を維持しました。羽中田さん曰く、会社の状態が良くなるにつれて社員の士気も上がり、良い状態になってきていると感じているとのこと。「大変なことも多く苦労を掛けているが、社員は皆同じ方向を向いて一生懸命に頑張ってくれている」と眦を下げる様子に、社員への厚い信頼が感じられます。
時代の変化とともに変わりゆく役割。ニーズを察知し、新たな取り組みにも着手
少子高齢化、人口減少、流通システム、働き方、人々の食への意識など、社会全体が大きく様変わりするなか、甲府中央魚市株式会社に求められる役割も変わってきています。
「山梨は人口80万人程度の小さな県です。昨今は人口減少が進んでおり、今後はさらに厳しくなっていくでしょう。もともと、仲卸さんにしても場外にしても、協力できることは一緒にやっていきましょうという姿勢が強い県でしたが、今後はさらにそれぞれの強みを生かしつつ、協議しながら進めていくことが大事になっていくと思います。我々としても、卸売り業者だからこれだけやっていればいいではなく、できることはやっていこうと考えています」。
その一つとして始めた取り組みが、加工部門です。
「今、量販店のバックヤードでは人手不足が深刻です。以前は鮮魚部門に丸魚をさばき刺身や切り身を作る職人さんが配置されていた量販店さんでも、近年はセンターでほとんどの加工を施し、各店舗では、パートさんがマニュアルに従って刺身を引いたり、切り身をトレイに並べたりしてパックし、売り場に並べるのみというケースが増えている。ところが、大手には可能でも、小規模の量販店さんはそうはいかない。結果、魚売り場が縮小し、無くなる可能性さえ出てきてしまう。当然、弊社の売上にも影響するわけです。
そこで、ある程度の加工、例えば丸魚を切り身にしたり、刺身用のサクを作ったりするところまでを弊社が担当するという試みを始めました。立ち上げ段階では試行錯誤がありましたが、軌道に乗りつつあり手ごたえを感じています。お店によってニーズが違いますから、今後も一店一店と話し合いながら、進めていけたらと思います」。
一昨年から続く新型コロナウイルス感染症のまん延。ホテルや旅館といった業務筋に強い甲府中央魚市株式会社にとっては一層厳しく、昨年は売り上げを前年比3割減まで落とすことになりました。
しかし悲嘆してばかりはいられません。甲府中央魚市株式会社では、「コロナ終息後には、以前の100を110にも120にもしようじゃないか」と、全社一丸となって新たな挑戦をしています。
「実は3年ほど前に、仲卸や場外、小売店など、いろいろな立場のメンバー20人ほどで、2か月に1度の無尽会を始めました。普段同じセリ場にいても話す機会のなかった人同士が、わいわい飲みながら意見交換することで仕事が生まれ、弊社がその間に入ることによって新しいビジネスが始まる。新しいサイクルです。実際良い関係が作れて、いろいろなことが進み始めていました。現在はコロナ禍で中断していますが、折を見て再開したいと思っています。
他県との協議も始めています。
例えば長野。昔は、獲れたての鮮魚を、各港から各県の市場に大型の直送便で運ぶのが普通でしたが、漁獲量や買付量の減少、流通コストの高騰など様々な要因から、現在では、日本中の港で水揚げされた魚が一旦豊洲に集められ、そこから各県に届けられるようになっています。それでも山梨では、今日水揚げされたものを明日の食卓にはお届けできますが、長野では中1日入ってしまうそうなんですね。それで、新鮮な魚が欲しいと。ならばうちが届けようということで、長野県内で多店舗展開している量販店さんとの取引が始まりました。今後はさらに広げていきたいと思っています。
また、中部横断道が開通しアクセスが格段によくなったことで、静岡にもビジネスチャンスが生まれました。すでに同じ業態の会社と協議を始めており、先日も、先方から視察にいらしたので、富士の介を売り込んでもらえないかと依頼し、快諾を頂きました」。
ご当地サーモン“富士の介”に寄せる期待
富士の介は、2019年10月に初出荷された山梨県の新しいブランド魚。栄養価が高く、安全性にも優れた期待の“ご当地サーモン”です。
「ご当地サーモンは全国に90銘柄ほどあり、本音を言えば簡単ではありません。ただ、ニジマスとキングサーモンをかけているのは富士の介だけですから、そこは強みですよね。
これは県の担当者にもお願いしたのですが、育てるのに手がかかり価格面も高いため、チリやノルウェーのサーモンと量販店の売り場に並んでも勝負にならない。ならばそこを目指すのではなく、ホテルや旅館で美味しい料理として提供していただき、山梨県に来られた方に山梨のとっておきの美味しい物の一つとして召し上がっていただいて、山梨での楽しかった思い出と共に心に残っていくといった展開が良いのではないかと思うんですよ。
そうしたことから、弊社では、お付き合いのある常盤ホテルさんにお願いして試食会を開くなど、通常の魚とは一線を画した展開をしています。常盤ホテルさんも、富士の介のポテンシャルは高いと評価されてメニュー開発に取り組んだり実際に提供したりしておられ、お客様からの評判も良いようです。
また、現状では生産量が限られているので、養殖業者とも協議しつつ可能にしていかなければなりません。これは今後の課題ですね。
ただ、魚自体の品質は高いのですから、可能性は大きい。プラスアルファの付加価値をつけ知名度を上げてくことで、ゆくゆくは山梨を代表するブランド高級魚として他県で売れる魚に育ってくれたらと期待しています」。
▲常盤ホテルさんでは、「富士の介」を捌き調理する様子を見せていただきました。
チャレンジ精神でさらなる発展を目指す
「僕も64歳になりました。理想は65歳でリタイアすることだったんですが、コロナの影響もありますしもう少し頑張らないといけないようです。理想を言えば、僕が引退した後、5年間は何もしなくても会社を運営できる状態にして次につなげたい。そうすれば、次のトップはその5年間で自分達の新しい形を作れますからね」。
そのために、2つのことを心に留めていると言います。
「一つは、常に新しいものを考えながら、失敗を恐れずチャレンジをしていくということ。失敗して初めて気が付いてスキルがワンステップ上がっていくのであって、挑戦しないと何も生まれないし始まらない。この会社を未来永劫残すためにも、社員には常にチャレンジ精神でやって欲しいし、僕自身もそうありたいと思っています。
もう一つは、“美味しいもの”を提供すること。多くの種類を提供するということも大切ですが、消費者にはやっぱり美味しいものを食べて欲しい。それが我々の役目だとも思うんです。今後、この甲府の市場にとって、本当に美味しいものを提供できるということが、今以上に重要になっていくでしょう。こういう業界にいて、各々がエキスパートである我々にあって、いかにして美味しいものを提供していくかということは、プライドであり、重要な使命です。そしてそのためには、やっぱり勉強。勉強し続けることが大事なんだと思います」。